現在の学校の英語教育については、正直なところ、どんな授業をしているのかほとんど知りません。公立学校、私立学校でも違うでしょうし、もちろん、それぞれの学校や教える先生によっても変わってくると思います。私が学生だった頃と比較すれば、多くの改善がなされていることでしょう。とはいえ、大学受験を最終ゴールとする教育制度においては、何に重きをおくかという点は、それほど変わりえないのだろうと想像します。未だに、暗記・クイズ型の教育からの脱却はむずかしいのではないでしょうか。
インターネットが普及していない時代は、英語を話せる様になるには、英会話スクールに通うのが通常でした。学校の英語の授業では、英語を話す機会はほとんどありません。思い起こせば、極端な話、授業の始まりの時の先生への挨拶や、先生にあてられた時の、教科書の棒読み程度です。当時、巷にはさまざまな英会話スクールがありました。
それらをひとまとめで論じるのは乱暴かもしれませんが、残念なことに、英会話スクールに通って英語がペラペラになったとか、英語力が格段に伸びたという話はあまり聞いたことがありませんでした。大抵の人が、通う前に期待していた程の成果が出ていなかったと思います。
英会話スクールを否定したいのではありません。それぞれのスクールで独自のメソッドがあって、ちゃんと努力すれば相応の成果が得られたのだろうと思います。ただ、“期待しているほど”ではなかったということです。
英会話スクールに通うといっても、普通、週に何回かの、1時間程度のレッスンでした。ましてグループレッスンともなると、「話せる」時間は非常に限られてしまいます。「話す時間」の少なさが、英会話スクールに通っても英語が話せるようにならなかった主因かもしれません。
インターネットが普及した今は、当時の状況とはまったく異なります。フィリピンなどの海外の英語教師から、オンラインで個人レッスンをとても安価に受けることができます。1万円以下で、毎日、時間さえ許せば、レッスンを受けたいだけ受けることができるコースもあります。英語学習の環境は劇的に変わったといえます。
オンラインの個人レッスンは、ELMラボが提唱する「発話力」を鍛える場として最適です。「表現力」が、場面に応じた適切な表現(言い回しや適切な単語の選択)ができるかどうか、であるとすれば、「発話力」は、単純に、言いたいことをすばやく英語の語順どおりに口に出せるかどうかを指します。個人レッスンの場では、自分が話さなければレッスンが前に進みません。話そうとする力が育っていきます。
「表現力」とは、場面に応じて、適切な表現(言い回しや適切な単語の選択)ができるかどうか。「発話力」とは、英会話スクールではこのトレーニングはしてくれません。「発話力」のトレーニングは徹底した繰り返し練習です。これは自宅でできることです。英語を学ぶうえで(特にスピーキング)、発話力をトレーニングするという発想はとても大切だと思います。文法として頭で理解はしていても、それをすぐに言葉にできるかは別の問題です。これにはひたすらトレーニングが必要なのです。
このトレーニングは、スポーツでいうところの基礎トレーニングです。野球やテニスで言えば、いわゆる素振りです。スポーツでは、基本となる型を徹底的にトレーニングします。基本が出来るようになってこそ、応用力へと発展できます。
文法が邪魔をする
例えば、「〜している」という進行形、文法の知識がある人は、すぐに「be動詞+-ing」を思い浮かべます。そして、主語に合うbe動詞を選んで、一般動詞に-ingをくっつけて、文を完成させようとするはずです。
では、進行形で用いるbe動詞は、他のときに使われるbe動詞と違うのでしょうか?以下の3つの例を見てください。
| ① | I | am | a student. |
| ② | I | am | tall. |
| ③ | I | am running. |
それぞれ、①私は学生だ。②私は背が高い。③私は走っています。という文です。わざと単語の間を離して表記していますが、文法の知識のある方は、このようにイメージされると思います。ですが、3文とも、I am〜で始まっている点で共通しています。その視点でとらえ直すとこうなります。
| ① | I am | a student. |
| ② | I am | tall. |
| ③ | I am | running. |
I am は、「私は〜である」「私は〜の存在だ」という意味で、I amの後には、名前や様子(状態)をあらわす言葉がきます。それぞれ、私は=学生、私=背が高い、私=(今)走っている、という関係が成り立ちます。この考え方からすれば、「I am」 と言ってしまってから、名前を言うのか、自分の特徴を言うのか、様子(状態)を言うのか、その部分を変えればいいわけです。この発想の方が、口に出しやすく、応用が効きそうではありませんか!?
〔 I am 〕は3つの例すべて同じ意味のはずです。しかし、進行形=「be動詞+一般動詞のing」というように、これをひとかたまりで覚えているので、そのせいで、進行形に使われるbe動詞は、上の2つとは違うbe動詞のように錯覚していませんか?私はそうでした。この錯覚が、英語を話す際の障害となるのです。
この考え方は、中嶋太一郎という方の著作から学びました。「ファンクションメソッド」というキーワードで、情報が見つかると思います。
文法的な解釈が、必ずしも口語的な感覚と一致していないということ。つまり、文法に詳しければ詳しいほど、そのズレの影響を受ける可能性が高くなるということです。


